図書館に行こうよ ―図書館職員の図書館的日常― 278
『時は命なり』
     
 

『時』は不思議なもの。過去とは過ぎ去ったこと、未来とは未だ来ないこと。だが、いま生きているこの瞬間こそが、過去でもあり未来でもある。
 なんだか哲学的な始まりになってしまいましたね。すみません…。
 なぜこんな話しをしたかと申しますと、来月の6月10日は、皆さんご存知かと思いますが「時の記念日」だからであります。そしてその日は、大好きな友人の誕生日でもあります。今回はその友人のことを少し話させてください。

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 初めて彼女に出会ったのは、宮城県仙台市にある専門学校でした。私は1年コースのデザイン・イラストレーション科で、彼女は2年コースのビジネス科でしたので授業では会うことがなく、特に接点はありませんでした。休み時間にたまに校舎のベランダで挨拶をする程度で、話しをしたことはありませんでした。ただ、屈託の無い笑顔がとても印象的だったのを覚えています。

 そして、私が東京のデザインプロダクションに就職した一年後、なんと彼女が営業として入社してきたのです。同い年、同じ学校、東北出身、そしてお酒が大好き(笑)という共通点からすぐに意気投合し、毎日の様に飲みに行ってはデザインについて熱く語り合ったものです。(ほとんどがくだらない話ですが…)。もちろん仕事でもお互いに切磋琢磨し頑張りました。

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 そして時は流れ、お互いにステップアップのために退社し、その後彼女は結婚し地元仙台に戻り、私は東京でデザインの仕事を続けていました。離れてからもお互いの近況を手紙などでやりとりしていました。そして私が地元大館に戻ってからも交流は続き、今度はお互いの地元を案内し合おうと話していた矢先でした。彼女が亡くなったのです。それも突然に…。くも膜下出血でした。53歳という若さです。これからもずっと、年老いてもお酒を酌み交わしたり、旅行に行ったり、たくさんの思い出を重ねていくんだろうなと何の疑いもなく思っていました。しかし、その想いは非情にも一瞬で、いとも簡単に砕け散りました。ショックでした。悲しいとか寂しいとかそんな言葉では言い表せないほどの怒りにも似た絶望感でした。あれから数年の時が経ち、少しはその感情も落ち着きましたが、この6月10日の時の記念日が近くなると、「あの笑顔にはもう会えないんだな…。」と心が痛みます。そして同時に、なぜ生きているうちにもっと会わなかったんだろうと後悔の念が湧いてきます。
 時間は万人に共通といいますが、決して平等ではありません。もし、今あなたが会いたいと思う人がいるなら、どうか会いに行ってください。「また今度」は無いのかもしれないのですから…。

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 『時』は有限です。「時は金なり」という言葉がありますが、私は「時は命なり」だと思うのです。父親が自分の時間を使って仕事をしてくれた。母親が自分の時間を使って家事をしてくれた。友人が自分の時間を使って遊んでくれた。恋人が自分の時間を使って看病してくれた…。少し大袈裟かもしれませんが、誰かが自分のために『時』を使ってくれたとき、それはその人の大切な『命』を頂いたと思いましょう。そして、感謝をしましょう。
 食事の時間、眠る時間、仕事の時間、遊びの時間、勉強の時間、読書の時間、時にはだらだらしてしまう時間も、人生にとってかけがえのない大切な『時』だと思います。
 『時』を粗末にすることは『命』を粗末にすること。今日という一日は、生きたくても生きられずに亡くなってしまった方が、どうしても生きたかった『時』です。二度と戻ることのない『時』を大切にしましょう。私も先立った友人に恥じないよう『時』を大切に生きていきたいと思います。皆様もこの機会に『時』について少し考えてみてはいかがでしょうか。

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 最後に、私が心を打ち拉がれたときに読んで救われた本があります。立ち直るきっかけ、生きていく勇気をもらった気がしました。そして、亡くなった友人に会えたような感じがしました。ここにいくつか紹介しておきますので、ぜひ一度ご覧になってみてください。きっと、心が少し楽になると思います。本はあなたの心にそっと寄り添う“ともだち”なのですから。


『いま、会いにゆきます』市川 拓司(小学館)
『さよならの向こう側シリーズ』清水 晴木(マイクロマガジン社)
『ツナグ』辻村 深月(新潮社)
『天空ゆうえんちまほろば』(ポプラ社)
『伝言猫シリーズ』標野 凪(PHP研究所)


(花矢・白)